最近、人の満足感って何で決まるんだろうと考えていて、ひとつしっくりくる整理がある。
満足感 = 所属 × 貢献実感
この2つがそろったとき、人は自然と満たされる。
逆に、どちらかが欠けると、どこか虚無や不安が出てくる。
なぜ「所属」が必要なのか
人はもともと、集団で生きてきた生き物。
昔は、
- 仲間に必要とされる → 生存
- 仲間に不要とされる → 追放 → 死
という世界だった。
だから脳には、
「自分はどこかに属しているか?」
を常に確認する回路がある。
現代ではこれが、
- 家族
- 会社
- コミュニティ
- 社会
- 趣味の仲間
といった形で現れている。
どこにも所属していない感覚があると、
自由でも、どこか落ち着かない。
でも所属だけでは満たされない
ここが重要なポイント。
所属しているだけでは、満足しない。
例えば、
- 組織にいるけど役割がない
- チームにいるけど貢献できていない
- ただぶら下がっている感覚がある
こういう状態だと、
- 居心地の悪さ
- 罪悪感
- 自己否定
が出てくる。
つまり、人は
「そこにいる」だけではなく、
「価値を出せている」と感じたい。
貢献の量ではなく、「実感」が重要
もうひとつ大事なのは、
満足は、貢献の大きさではなく
貢献していると感じられるかどうか
で決まること。
だから、
- 高収入でも虚無になる人がいる
- 小さな役割でも満たされる人がいる
- ボランティアで充実する人がいる
満足を決めているのは、
成果の規模ではなく、
意味の手応え。
この2つがそろったとき
整理すると、
所属だけある
→ ぶら下がり感・居心地の悪さ
貢献だけある(孤独な成果)
→ 虚無・空虚
所属 × 貢献実感
→ 安定した満足
この状態では、
「ここにいていい」
「自分は役に立っている」
という感覚が自然に生まれる。
仲間の範囲で人生が変わる
ここから先が少し面白いところ。
「所属」の範囲は人によって違う。
例えば、
- 家族だけ
- 会社のチーム
- 特定のコミュニティ
- 日本社会
- 人類全体
この範囲が広い人ほど、
- 社会貢献志向
- ソーシャルインパクト志向
- 利他的な動き
が自然に出てくる。
経営者が後半に社会貢献に向かうことが多いのも、この構造で説明できる。
ヨガ的に見ると
ヨガや瞑想の実践を続けていると、
「自分 vs 他人」
という分離感が少しずつ弱くなってくる。
そして、
仲間の範囲が広がっていく。
家族
↓
コミュニティ
↓
社会
↓
人類
この状態になると、
他者への貢献 = 自分の満足
という構造になる。
利他が、我慢や自己犠牲ではなく、
自然と気持ちいい行動になるのはこのため。
まとめ
人の満足感は、シンプルに言うとこの式に近い。
満足感 = 所属 × 貢献実感
- どこに属しているか
- その中で価値を出せていると感じられるか
この2つがそろうと、人は自然と安定する。
そしてヨガ的な視点で言えば、
所属の範囲が広がるほど、
貢献と満足は、ますます一致していく。
最終的には、
世界に対する貢献が、そのまま自分の満足になる。
この方向に、人の成熟は進んでいくのかもしれない。